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回想禄です。
なんか、頭ボーっとしてますが、とりあえず
終わった感じを実感するために書いて置きたいと思うのです。


まず、劇団ZTON vol.5「月黄泉ノ唄」に
ご来場くださった皆様、本当にありがとうございました。
本当に、本当に、ありがとうございました。

入場して頂けなかったお客様、本当に申し訳ありません。
今後、このようなことがないように一層努力致します。
客席も段差が多かったり、狭かったりと。本当にすいません。


謝り倒しですが、至らなかった自分の責任ですので、
どうぞ、ご容赦ください。



さて、今回の「月黄泉ノ唄」初稿は、2年前の旗揚げ時に
書いたものを大幅にアレンジして、今回に望みました。
初稿の主人公は「綱」だもの。
そして、「少年」。
正直、全く違う話になりました。あい。


まさか、ART COMPLEX 1928でやることになるとは、
思いもよりませんでした。よかホールでした。あい。


ああ、何を回想したらいいのか…。
う~ん、全部言い訳臭くなるから嫌だなァ…。



うーん、次への目標でも書き記そう。
後で読んで、励みになる。(俺が)

・台詞回しが巧くなる。
・3次元の照明技術を獲得する。
・ARTに合う、舞台プランを練る。
・ある程度自分を信じる。
・ひよらない。
・俺、頑張る。
・俺頑張れる。
・眠い。
・あと、2週間で脚本書き上げる。
・無理無理。
・眠い。
・もう、駄目だ。
・温泉行きたい。
・金がない。
・あばばば。


うん、もう駄目だ。
疲れてる。じゃ、しーゆー
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ついに、来たか・・・。我が人生に於いて、消し去りたい公演トップクラス。
初の作・演出作品・・・。

2004年プロデュース公演「いわし缶」 2005年3月2、3日 集客:107人くらい。
40be635bjpegsaba.jpg








オムニバス公演でした。1回生作品vs2回生作品という名の、
製作発表会という形の。
で、僕は、「正義の名の元で」っていうシュチュエーションコメディ?を
作・演出・出演しましたよ。

話としては、正義の戦隊部隊のレッドが死んで、
残ったブルー(為房)、イエロー(梅子)、ピンク(ステラ)、ブラック(ジャッカス)
が、レッドの座を巡って、討論するって話。話になっていたかは、ご愛嬌。
レッドは、僕やりました。

いやぁ、芝居としては、酷かったと思います。これ以上は語らせないでください…。
でも、思い出は語る。

【思い出】
第1位  遅刻
      月光斜では、1秒遅刻しただけで、滅茶苦茶怒られる。
      下手したら、役を取り上げられたりもする。そんな団体。
      私、今まで1回も遅刻したことなかったのに、やっちゃいました。
      しかも、本番初日。…死にたかった・・・。

第2位  演出
      納得いかない。巧くできない。仕方ないので、
      本番直前に御神酒と称して、酒を飲む。嗚呼、駄目な子。

第3位  でも、実はZTONの原型
      紆余曲折はあったけど、ビラは作・梅子
      シュチュエーションコメディなのに、ダンスあったから、振付・為房
      ステラ居るし、スタッフは、今とあんまり変わらないし、
      一応、メインの役者は為房だし。
      なんだかんだ言って、原型。

でも、思い出したくない。
見れる環境に居る人は見ないように。

ぶっちゃけ、本当は、エンタメがやりたかったのに、
人数が少なくてできんかったので、コメディになったのだが、
コメディじゃないのが、味噌なんだな。これが。

もう一個のオムニバス「ミズノエキ」に出たかった。
脚本は、これが2本目。ふぅ・・・。萎えるぜ。
photo13.jpg






ジャージで、戦隊物も限界あるぜぇ。

追記:そういや、この公演の仕込みで、「河瀬は2度と舞台仕込むな」って
    為房くんに言われました!

どうも、カワセです。
最近はめっきり涼しくなってきましたねぇ。
季節の変わり目と言うのは、体に影響が出やすいので、注意して過ごしてくださいね。

…とまぁ、こんなあいさつで入るのは、僕が風邪引いてるから。
そんなことは、さておき、回想録おば。

2004年度冬公演「グッドバイ」 12月2~4日 420人
goodbye.jpg







アレです、北村想のやつです。太宰治がモチーフのやつ。
売り文句は、「おもしろさ300メットル」ノリノリデスね。

【思い出】
あんま書くようなことじゃないんだけど~(笑)
第1位 ブチ切れ
     あまりのキレ具合に、衣装の下駄が半分子。本当スイマセン。
     あまりのキレ具合に、壁殴り過ぎて手が血まみれ。スイマセン。
     (ホントは、演出殴りそうだった…orz)スイマセン。
     後で、先輩に「役者は自分の体を、自分で傷つけてはいかん」と
     説教を食らう。この教えは、今でも根付いてる。
     まぁ、18歳だったからね、若かったんスよ。スイマセン。

第2位 初着物
     昭和初期の話だったので、着物でした。袴でした。
     
第3位 梅子とコンビ
     梅子さんとコンビでしたが、あんまり仲良くなれませんでした。
     常に、ATフィールドを張られていました。残念でした。

第4位 耳が聞こえない
     仕込みにて、疲れと、ホール内の環境が悪く(舞台の不備で砂埃が酷かった)
     右耳が全く聞こえない。音響だったのに、大変でした・・・。

ほかにも、ドライアイスとか、飛び降り舞台とか、いろいろ。
あと、川の音をマイクで拾ったりとか、…僕のマイクどこ行ったんだろ・・・。
img70.jpgPHTO01992.JPG





後ろには、ステラさんが。。。

50703ca0jpeg






 ちょっと、風流。
 ぎゃはは、また、梅子の写真を載せてやったぜぃ!
     

2004年卒業公演「冬の皮」 2004年10月14日~16日 集客:695人
biranimi.jpg 
 






アレです、大人計画の松尾スズキが書いた脚本デス。
売り出し文句は、「かゆいところに冬の皮」意味わからん。そんな芝居。

【思い出】
第1位 もう少し早く生まれたかった・・・。
     僕は当時、1回生18歳。で、この公演しか、1回生が、4回生の先輩と一緒に
     できる公演はないんですよね。僕は、4回生の先輩達がすげぇ好きで、
     もっと、一緒に公演をやりたかったなぁって。で、もう少し早く・・・
     って思ったけれど、僕が立命来たのも偶然だし。ま、考えるだけ無駄。

第2位 作曲
     音響、2回目でしてたんですよね、作曲。僕と神川誠っつー兄さんとで。
     基本、誠兄さんがパソ打ち込みで。ボーカル録りもしたのよ。
     仕舞には、誠兄さんは、立ったまま気絶するくらい疲弊していた。
     作曲は怖いなぁって思った。

第3位 恥ずかしくて恥ずかしくたまらなかった。
     僕の役:トロンとした目の男・ムシオ。は、キャパ振りで5秒くらい
     止まらないいけない。恥ずかしくて恥ずかしくて、涙出かけてた。
     サングラスしてて良かった。今は、多分、やれちゃうんだろうなぁ・・・。
 15.jpg



←まさに、このシーンですわ。
 目には涙が溜まってる(笑)




ふむぅ。意外と覚えておらんなぁ。
ああ、煙草が常用品になったのは、この公演から。
誠兄さんと音響プランを話す時には、必須だったんで、常用化に乗り出した。

17.jpg そういや、舞台が1日で出来てたなぁ。
 照明キレイね。
 

 梅子のお師匠、おちのぼるさん作ですな。
 元気でしょうか・・・?



あ、あと、秘蔵写真が1枚。25.jpg




 

 



  コレ、梅子。ノリノリやね。

どうも、河瀬です。
体調は絶不調です。けど、27時間寝たせいで寝れません。
つーか、堰が止まらないので、寝れません。

明日は、月光斜で最期のレパ選。
ま、折角なんで、僕が今まで月光斜でやってきた公演を
フラッシュ・バックしてみようかなぁ・なんて。
まだ、早いかなぁ?まぁいいや。
1公演、1記事な感じで、気長に・・・。


劇団月光斜2004年度夏公演
「バイバイゲーム」  2006年6月24日~26日 集客:406人
bibi.jpg
 
 





『バイバイゲーム』―それは人生をかけた たった一度の大博打。

ところは中国マカオ、ギャンブルの街。
カジノに大金を賭ける金持ちがいれば、
家賃もろくに払えない貧乏人がいる。

そんな中、一人の貧乏な青年が
人生の逆転をかけてゲームに挑む!
その野望は金持ちも貧乏人をも巻き込んで・・・

一枚のコイン
が街を揺るがす、
てんやわんやのアジアン・ギャンブル・ストーリー!



 初舞台・初役者。
 完全に、声優になるための
 ステップ・アップとして、利用としようと
 始めた劇団活動。
 舞台役者に興味が10%くらいしかなかった。


【思い出】
第1位 本番中に嘔吐。いや、もちろん舞台裏でだけど。
     ビックリしたよぉ。熱が38度越え。初日に。
     パンチを一枚駄目にした。エヘ。

第2位 初スタッフ音響、上司なし!
     月光斜は、必ず一人一スタッフ(+役者)なんだよね。
     で、僕は、音響になったんだけど、音響上司が参加していない。
     完全な独学へ陥る。そのおかげ?で今でも僕の音響は舞台っぽくない。

第3位 CICAGO ダンス曲が。これは今でもトラウマ曲。

他にも、七井の悠ちゃんに泣かされたり、夜中に為房と府立体育館で練習したり、
ま、そこそこに覚えている感じ。
コレを皮切りに芝居病にかかり、次の公演までの1ヶ月は
何をするにも無気力で実家でネットゲーム
をやり続ける。「テイルズウィーバー」。めっちゃ強くなった。

あ、この時期に幻の処女作
「TOO DREAM TO BAD」って脚本を書いた。

b2.jpgS4.jpg







舞台の看板はまだ、うちにある。
そういや、オールバックスーツ眼鏡だった。

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